大阪高等裁判所 昭和34年(う)342号 判決 1959年6月29日
控訴人 被告人 湯原勇
弁護人 黒川英夫
検察官 伊藤嘉孝
主文
原判決を破棄する。
被告人を罰金四千円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金弐百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
被告人に対しては、公職選挙法第二五二条第三項により選挙権及び被選挙権を有しない旨の規定を適用しない。
理由
本件控訴の趣意は、被告人の弁護人黒川英夫の提出に係る控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。
所論は要するに、原判決が被告人に対し選挙権及び被選挙権不停止の宣告をしなかつたことは不当であるというにある。
よつて所論に鑑み、本件記録を精査検討するに、本件犯行の動機、態様に徴するときは、原判決が被告人に対し所論の選挙権及び被選挙権不停止の宣告をしなかつたことは、強ち不当とは認められないけれども、既に公布施行せられた昭和三四年政令第一一三号恩赦令の趣旨に鑑み、更に被告人が本件控訴を棄却せられるにおいては町会議員の資格を失格する事情を併せて考慮するときは、原判決の右措置は結局妥当を欠くものと認められるから、原判決は破棄を免れない。
次に職権を以つて案ずるに、原判決は証拠により原判示各事実を認定し、これに対し公職選挙法第一二九条第二三九条第二二一条第一項第一号刑法第五四条第一〇条第四五条前段第四八条第二項等の法律を適用したのである。しかしながら、立候補届出前における選挙運動(所謂事前運動)とはその届出前において特定の議員候補者に当選を得又は得しめる目的を以つて投票を得又は得しめるにつき直接又は間接に必要有利な周旋、勧誘、戸別訪問、買収、誘導、其の他諸般の行為をなすことを汎称するものであつて、このことは選挙運動という性質に鑑み、継続、反覆に及ぶことあるべきことは、もとより法の当然予想し得るところであり、又事前運動を禁止している公職選挙法第一二九条に、その内容を問わず単に「選挙運動」とのみ規定されていることから見ても明らかである。されば特定の議員候補者に当選を得又は得しめる目的を以つて短期間内に継続反覆して個々の事前の選挙運動行為をなしたとしても、それ等の行為はこれを包括して事前の選挙運動の一罪として処断すべきものであつて、事前の選挙運動行為を個別的に観察し、継続反覆に及んだ場合には其の回数に応じこれを数罪として併合罪を適用すべき限りでないのである。(同趣旨の判例として昭和四年九月二〇日大審院判決、大審院判例集第八巻四五〇頁、昭和一〇年三月一八日大審院判決、前同一四巻二六七頁、昭和一一年一〇月二八日大審院判決、前同第一五巻一三六六頁参照)
或は特定の議員候補者に当選を得又は得しめる目的を以つて、事前において短期間内に選挙運動行為が継続反覆された場合、それ等の行為を内容的に観て、例えば数個の買収行為が行われた場合には数罪、又戸別訪問が行われた場合には一罪として認めるべきであるとの論もないではないが、これは事前の選挙運動というものが、その内容をなす個々の行為が選挙運動たる性質を具備しておれば足りその内容を問わないこと、且つ継続反覆が当然予想せられる一連の複数行為であるという行為態様の実体を無視し、その統一的解釈をしないで、これと一所為数法(想像上の競合)の関係にある買収罪、戸別訪問の罪数によつてそれぞれ事前の選挙運動罪の罪数を強いて規制しようとする謬論であると認められるから、当裁判所はこの見解は採らない。
而して特定の議員候補者に当選を得又は得しめる目的を以つて、数人に対し投票を依頼し其の報酬として金品を供与するの方法により事前の選挙運動をなした場合には、その行為は一面において公職選挙法第一二九条第二三九条(事前の選挙運動罪)に触れ、他面において公職選挙法第二二一条第一項第一号(買収罪)に触れ、事前の選挙運動は包括一罪であり、其の一部と右買収罪のおのおのとは刑法第五四条第一項前段の一所為数法(想像上の競合)の関係にあるから、結局、以上を包括して一罪とし重き買収罪の刑に従つて処断すべきものと謂わなければならない。もしそれ、右買収行為が選挙運動許容期間中に行われた場合、或は事前に行われたけれども事前の選挙運動としての起訴がない場合には、数個の買収罪は併合罪として処断すべきものであることは論を俟たないところであるけれども、右買収行為が包括的一罪と認められる事前の選挙運動と一所為数法(想像上の競合)の関係にある場合には、たとえ事前の選挙運動罪の法定刑が買収罪の法定刑よりも軽く結果的には重い買収罪の刑によつて処断せらるべき関係にあるとしても、右事前の選挙運動の罪は買収罪に包摂せられるだけで、其の存在を失うものではないから、右数個の買収罪は軽い事前の選挙運動の包括的一罪を媒介として結局其の全部が一罪として処断されることになるのである。
今本件につきこれを観るに、原判決(一)(二)の事前の選挙運動行為は同一の議員候補者に当選を得しめる目的を以つて、しかも短期間内に継続反覆したものと認められるから、先に詳細説明したとおりの理由により包括的に観察してこれを一罪として更に原判決(一)(二)の供与と供与の申込とはこれと右一所為数法(想像上の競合)の関係にある事前の選挙運動罪を媒介することにより結局一罪として重い供与の罪の刑に従つて処断すべきにも拘らず、原判決は(一)(二)の個々の行為につき、夫々買収の罪と事前運動の罪が成立し、且一所為数法の関係にあるものとなし、夫々重い買収罪の刑によつて処断せらるべき二罪として併合罪の規定を適用したのは、法律の適用を誤つた違法があり原判決に影響を及ぼすことが明らかであると認められるから、原判決はこの点においても破棄を免れない。
よつて刑事訴訟法第三九七条第三八〇条第三八一条を適用して原判決を破棄することとし、同法第四〇〇条但書の規定に従い次のとおり判決する。
原判決の確定した事実に法律を適用すると、事前の選挙運動の点は公職選挙法第一二九条第二三九条に、供与並びに供与申込の点は同法第二二一条第一項第一号に各該当するところ、右事前の選挙運動は包括的一罪であり、これと右供与並びに供与申込とは一個の行為で数個の罪名に触れるから刑法第五四条第一項前段第一〇条に則り結局一罪として重い供与罪の刑に従つて処断すべく所定刑中罰金刑を選択し其の金額の範囲内において主文の刑を量定し、なお刑法第一八条公職選挙法第二五二条第三項を適用して主文第二項、第三項とおりの言い渡しをする。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判長判事 児島謙二 判事 畠山成伸 判事 本間末吉)